譲り合いって・・・
Bom dia
毎日夏のような暑さが続くポルトガル。
ビーチはいよいよパラソルなども立ち並ぶようになり、
みんなが一番大好きな季節がやってくる予感を漂わせています!
待ち遠しい!夏!!
さてさて、
「譲り合い」っていうともともと日本人が得意だったことだと思います。
でも、昨今はどうでしょう。
なんだか遠い昔の人々がしてきたことのような
どこかの時代に置いてきてしまったもののような気もします。
「あおり運転」
なんて、譲り合いの精神が薄れていることの象徴ですよね。
そんな「譲り合い」
ポルトガルの人たちはとっても得意です。
ものすごく適当なことが多い反面、
びっくりするくらい「お先にどうぞ」という精神を感じる場面に出くわします。
例えば、
①横断歩道
通常の横断歩道はもちろん、車が青、歩行者が赤でも止まってくれる人もいます
②スーパーのレジ
たまに、買い物が少ないと「そんな量なら先いーよ」と譲ってくれることさえあります。そういう時は2人、3人と先に通し自分はずいぶんと後回しになってます。
まして、高齢者にはみんなどんどんと先を譲ります。
③子どもへの対応
どんな場面でも、子どもを連れていると笑顔で「どうぞ」と先に通してくれます。子どもにめちゃくちゃ優しいんです。
と、まぁ一例をあげるとこんな感じ。
ポルトガルの人たちはどおしてこんなことが出来るのか。
一方、
日本人はどうしてそういう気持ちを忘れてしまったのか。
ふと、考えてみました。
そして、思いつくのは
日本の時間厳守の厳しい社会
もちろん、時間を守るのは良いことだと思います。
でも、
そんな風に時間に追われていれば
それは
「我先に」
「1秒でも早く」
と気持ちが焦ってしまうでしょうね。
そして、その思い通りにいかないところにストレスが重なり
ついには他者を攻撃するという「あおり運転」というような形になってしまう。
そんな構図なのかなぁ
と思います。
つまりは、
残念ながら日本が
自らに作りだした社会の副産物
ということなんだと思います。
最初に少し触れましたが、
ポルトガルの人たちは何事にも適当なんです。
でも、言い換えれば
うまく力が抜けているんです。
そして、時間にはまったく追われていません。
それゆえ、心に余裕ができて「譲り合い」が沢山出来るんですね。
日本人が忘れてきてしまったもの
日本が失くしてしまったもの
そんなものがここポルトガルにはあります。
ここに来て、そんな姿に触れて思い出す。
大好きな日本だけに
もっとリラックスした、心に余裕のある国になってほしい
いつか叶うと信じていたいですね。